第102回全国高校サッカー選手権大会 決勝 近江 - 青森山田

2024年1月8日(月)@国立競技場

決勝戦は新鋭の近江と強豪の青森山田の対戦になった。
結果は3-1で青森山田が勝利。
青森山田が前評判通りの強さを見せて勝った。
近江も十分に健闘したが、後半の勝負どころで青森山田に押し切られてしまったという印象だった。

今回の備忘メモでは、この近江の健闘を中心に考えてみたい。

開始前に、何となく勝手に試合を想像したのだが、縦に速く、大きいサッカーを青森山田が展開して攻めこむという絵が、まず頭の中に浮かんだ。
前線へのロングボールやロングスローからのゴール、あるいは縦方向への長いドリブルやパスで陣地を一気に獲得する速攻からのゴール。
守備ではフィジカルを活かして空中戦、地上戦の1対1でことごとく勝利する姿が浮かんだ。
対する近江についてだが、実はこの決勝戦が近江の試合の初観戦だった・・・
関連記事をチラッと見て「技巧的なチーム」ということだけ知っている程度で、全くの初見。
でも、攻守において青森山田には圧倒されてしまうのではないだろうか・・・という何となくのイメージで試合を見始めた。


 

試合が始まって、徐々に興味を惹きつけられてしまった。
「こういう戦い方するチームなんだ・・・!」という感想。

青森山田がボールを保持すると、すぐに近江のファーストディフェンダーが体を寄せてくる。
そのチャレンジが、なんというか「奪い切る!」という勢いのチャレンジで、青森山田が保持しているボールに触りにくる。
パスコースを限定したり、距離を取ってドリブルの勢いを吸収するようなマイルドな守備ではない。
ボールホルダーの懐に思い切り飛び込んで来るようなチャレンジである。

そのために青森山田のボールホルダーは、思うような動きが取れない。
近江のファーストディフェンダーが邪魔で前方へ推進できない形になってしまう。

青森山田のフィジカルも、まずは自分の体を動かすことで発揮される。
動き出すことで、その瞬発力、持久力、スピード、強さが相手チームとの差を生み出していく。
近江の守備は、まずそこを押さえる。相手が秘めているフィジカルを発揮させない守備だ。

近江の守り方を見ていてボクシングの攻防が頭の中に浮かんできた。
高速ジャブを突きながら強打のストレートでダウンを狙うアウトボクサーが青森山田。
その強打を殺すため、一か八かの接近戦を挑むインファイターが近江である。
アウトボクサーの高速ジャブ、必殺のストレートも距離がなければ、その威力は発揮できない。
インファイターの鋭いダッシュで懐に入られてしまっては、ストロングポイントが発揮できないのである。

とにかくボールホルダーの懐に飛び込んで来る。
剥がされても、次の選手が飛び込んで来る。
青森山田にプレースペースを与えないという戦法だが、かなりの走力が要求される守り方である。
近江も日頃の練習の中で相当な走り込みを積み重ねているはずだ。


 

そして攻撃面だが、
一言で言えばショートパス主体の攻撃だろうか。短い距離だがドリブルも多用する。
でも、その内容に特徴がある。

まず、ボールホルダーをフォローする周囲の味方の距離が近い。
ショートパス主体の攻撃なので、もちろんそれはそうなんだが、それにしても近い。
普通、あまりにも近距離にいる味方には余程困らなければパスを出さない。
そこへ出しても状況はほぼ変わらないからだ。
しかし、近江の場合は近距離の味方にどんどん出す。どんどん出しながら少しづつ良い体勢にしていく、そして少しづつ進む。

青森山田はボール奪取能力も高い。相手の少しの隙も許さずにボールを奪い取る力がある。
ドリブルやトラップが少しでも大きくなれば体をねじ込んでくる。
そして、それは相手がパスを出そうとするほんの少しの隙でも同じである。
味方を確認するために目線を上げる動作、そしてインサイドキックのために軸足を踏み込み、蹴り足を振り上げる動作、その僅かな瞬間にも体を寄せてくる。

しかし、近江のショートパスはそのようなほんの僅かな瞬間がない。
すぐ近くに味方がいるために、顔を上げずともプレーしたままの間接視野でパスが出せる。
そして、ボールを蹴る動作も最小限だ。
蹴るというよりも、「押し出す」あるいは「はじく」という動作である。
そのため相手が体を寄せるタイミングが無い。
タイミングが無くても、青森山田としてはボールホルダーには寄せなければならない。
しかし、近江は最小限の動きでパスを出せるため、体を寄せられても巧みにパスを繋いでいく。

このパスワークを見ていて、また別のスポーツのシーンが浮かんできた。ラグビーだ。
トライを目指して前進しようとする選手が、タックルを受けて倒れそうになりながらも周囲の味方にオフロードパスでボールを繋いでいくシーンである。
守備ではファーストディフェンダーをフォローする人数が多い近江だったが、攻撃でもそうだ。
ボールフォルダーをフォローしてショートパスを受けようとする味方の数が多い。群がっている。
守備の時もそうだが、とにかく選手の集散が激しい。
ボールに集まり、展開があれば散っていき、そしてまたその先で集まる。
そういうところもラグビーの攻防を思わせる。

ドリブルにも特徴がある。
敵味方が入り乱れている密集地帯でも果敢にドリブルを試みる。そして意外にボールを奪われない。
相手の脇をすり抜けるように前進していく。
まず、ボールタッチが細かくて柔らかい。なので、ボールが体から離れない。
従って、マーカーがボールを奪うタイミングが取りずらい。
タイミングが難しくても、青森山田としては取りに行かなければならない。
近江の選手は、取りに来られたところで更にボールを動かして前進する。
タッチが細かいために、相手の先手を取りながらボールを動かすことができる。
取られそうで取られないドリブルである。


 

互角以上の戦いをしていた近江だったが、先制点を挙げたのは青森山田だった。
前半33分、近江がカウンター気味の攻撃でCFの小山選手へ送った縦パスを、青森山田のCB山本選手がカットする。
その山本選手へすかさず近江の複数の選手がチャレンジする。
しかし山本選手は寄せ切られる前に、前方10mぐらいの芝田選手へパスを送った。
このパスが秀逸で、近江の4人の選手を通り超して芝田選手がフリーでボールキープする。
芝田選手はそのまま前進して近江の最終ラインにプレッシャーをかける。

この場面で、近江の守備が今までと違って「一般的な」守備になった。
ボールホルダーに対して近くの選手が何となく距離を詰め、ある程度の制限をかけるような守備。
その他の選手は、適度な距離を空けてポジショニングしてスペースを埋めるような守備。
青森山田のボールホルダーは、これならキープしながら十分にチャンスを窺うことができる。
その時点で、ペナルティーエリア内では青森山田が4対3の数的有利になっていた。
そして、ゴール正面でフリーになっていた福島選手へパスが通りゴールを奪った。

この失点の場面のように、相手のボールホルダーが最終ラインに突っかかって来ると、近江も簡単にはボールホルダーにインファイトを挑むことはできない。
ある程度はボールホルダーに主導権を握らせてしまうことになる。
その機を逃さず、エリア内へ勝負を賭けた青森山田の状況判断が生んだゴールだった。


 

先制点を奪われた近江だが、そのプレースタイルは変わらない。
相変わらず相手との接点に人数をかけるサッカーで青森山田に対抗する。
そして後半2分に同点に追いつく。

相手陣地での密集を浅井選手が、あのドリブルですり抜けていく。
青森山田の得点の時のように、相手の中盤のマークを抜いて最終ラインにプレッシャーをかける。
青森山田のCBはマークしている相手FWとドリブルで進んでくる浅井選手の両方を見なければならない。
その状況で、最終ラインの裏へ走り込んだ金山選手へ浅井選手から絶妙なスルーパスが出る。
金山選手がゴール前へ折り返したグラウンダーのクロスをGKも、必死に戻るCBもカットできない。
ファーに詰めていた山本選手(後半から途中交代で出場)が、CBに触られながらもこぼれてきたボールを確実に押し込んだ。


 

次の1点をどちらが決めるかという、見ている側にとっては面白い展開になった。

するとこの時間帯で、青森山田が球離れを速くしたように感じた。
近江のファーストディフェンダーに、プレーを制限されてしまう前にボールを離す。
ピッチを広く使って速いタイミングでボールを動かすため、近江も守備の的を絞れない。
同点に追いつかれた青森山田がプレーのダイナミズムを一段階引き上げたようだった。

そして、後半15分、GKからのロングボールを縦方向に2本のパスで繋ぐと、CFの米谷選手が最終ラインの裏へ抜け出した。
出て来るGKをかわして落ち着いてゴールへ流し込んだ。青森山田が勝ち越す。

勢いづいた青森山田はそのままのリズムでボールを速く、大きく動かして試合の主導権を握る。
後半25分にはCKのクリアからロングカウンターで一気にペナルティエリアまで侵入。
最後は杉本選手のシュートのリフレクションが近江ゴールに吸い込まれた。

その後、近江も自分達のスタイルを貫いて最後まで応戦するが、2点のリードを守り切った青森山田が3-1で勝利。4度目の優勝を飾った。


 

青森山田はやはり強かった。
流れ的にはやや押されている感もあった。しかし、前半の得点機を確実にものにしたり、同点に追いつかれて本来なら相手の勢いに飲み込まれてしまうような流れの中でも、プレーレベルを上げることで勝ち越し点と追加点を矢継ぎ早に決めてしまう。そんな盤石の強さがあった。
フィジカルと技術が高いレベルで両立しているので、プレー内容に修正が必要になった時、その修正が即興的に可能なのだろう。
フィジカルのレンジと技術のレンジの幅が広い。
その幅を試合展開に応じて調節することで、大事な局面で主導権を握ることができる。
そんなチームだと思う。

近江の攻防については記述した通りだが、守備も攻撃も独特だった。
守備ではボクシングの、攻撃ではラグビーのスポーツシーンが想起されてしまうほど、近江のサッカーは独特だった。
ただ、このサッカーを90分間継続するには、かなりの走力が必要だと思う。
相手が強ければ強いほど・・・
この試合では後半20分を過ぎた辺りから、集散のランニングがやや弱くなってきた。
相手ボールホルダーへの制限がかからなくなったり、ボール保持者が孤立してパスコースを探すような場面が出てきて、独特のスタイルに乱れも見られた。
また、失点は3点だったが、そのどれもが近江の守備の課題点を突かれた形だったと思う。

・縦パス1本によって、ボールホルダーへのプレス要員がまとめて抜かれてしまう形
・ロングボールからの空中戦によって、狭い範囲の局地戦をブレイクされてしまう形
・カウンター攻撃によって、少人数での守備を強いられてしまう形(これはどのチームでも課題)

どんなに良く練られた戦術でも、それを試合で完璧に実行するのは難しい。
試合を通してどこかに破綻が生まれるだろう。
そうした時に、その破綻による影響をどのようにして管理するのか?
それもチーム戦術を確立させることと表裏一体で大事なことである。

とにかく近江のサッカーは独特であり、それで結果を出してきたことは素晴らしいと思う。
何といっても、見ていて「あっ!」と思ってしまうような面白さが何回もある。
また、独特なスタイルを提言することで、サッカーの重要な要素や本質について考える契機にも繋がっていく。

競技サッカーという奥深い世界を独自の方法で探求しているような近江のサッカー。
近いうちに、そのサッカーを更に完成させた形で見せて欲しい、と思うような試合だった。

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